井上有一「噫横川国民学校」

本日もありがとうございます。

少し前の留守録を見ました。
3月9日放送・NHK BSプレミアム「昭和の選択」

番組で、井上有一と言う人のことを初めて知りました。

井上有一は、戦中・戦後を、教師として生きました。

同時に、世界的な前衛書家としても生きました。

代表作は、「噫(ああ)横川国民学校」

後に、ピカソの「ゲルニカ」に匹敵すると評される書です。

「噫(ああ)横川国民学校」群馬県立近代美術館所蔵
3

内容です
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井上有一(1916~1985)
2

戦争中、国民学校の教師だった井上さんは、昭和20年3月の米軍による東京大空襲で教え子を亡くしました。

疎開先では、子どもたちの教育、しつけ、そして心の支えとして、習字を教え、共に生活しました。

戦争中のスパルタ式ではなく、自由に伸びやかに子どもたちと、畑を耕しながら暮らしていたそうです。

疎開先での集合写真
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国の定めでは、6年生を卒業すると、全員東京に戻り、国民としてお国の為に働かなければなりませんでした。

井上先生は、戦局を考え東京は危険だと反対しました。

しかし、それは叶わず、疎開先の千葉から戻ってきてすぐに、墨田区で東京大空襲に遭います。

井上先生も大けがをしましたが九死に一生を得ます。
しかし、大勢の人々が焼け死に、苦しみながら死んでゆくさまを目にします。

その中には、疎開をともにした子どもたちもいました。
なぜ罪のない子どもたちは、死ななければならなかったのか?

井上先生は戦後、空襲の惨状の記憶を胸に秘めながら、神奈川県に移り住み、小学校教諭として、生きました。

そして33年後の1978年、悲劇の傑作を完成させます。

それが「噫横川国民学校」です。

文字をよく見ると、たたきつけられたような激しさの中に、底知れぬ無念や、哀しみが溢れています。

書いた文字を墨で塗りつぶしているところが、涙、血の流れのようにも見えてきます。

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若き小学校教師だった井上先生。

子どもたちを愛し、命に向き合った井上先生。
最後は校長として退職されたそうです。

その後、前衛書家として、国際的に認められてゆきました。

戦争と言う「時」の無念・悲惨さは、生き残った人の心にも深く深く傷となって「生き続ける」・・・

教師として、子どもたちの命を守れなかったという、井上有一の心の中の「何か」が、教師をまっとうする人生を選択させたのでは・・・と、想像します。

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