「T4作戦」それはホロコーストのリハーサルだった

第二次大戦中、ナチスドイツによる、ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)は、世界中の人々が知っています。

しかし、大戦前から・・・・
最初のガス室は始まっていた・・・
それはユダヤ人を殺すためのものではなく

治る見込みのない病人、精神障がい者、難病、知的・身体的障がい者
そういった社会的に弱い立場の人々に対して、ひそかに行われていました。

これらの人々は、ナチス政権と、医療者たちによって
「生きる価値のない人々」と名付けられました。

残虐な行為は、終戦まで殺害は続けられていたのです。

これは、戦後70年間、沈黙を続けてきた、ドイツ精神医学界により封印され、2010年まで明らかにされることはありませんでした。

ETV特集
それはホロコーストのリハーサルだった
~障害者虐殺70年目の真実~

2015年11月7(土)放送

作戦名は「T4作戦」と呼ばれました。

■1920年
当時の精神医学界で絶大な権力を誇っていた医師が1冊の著書を発表しました。

「生きるに値しない命を、終わらせる行為の解禁」

研究は秘かに続けられ、のちにユダヤ人を大量虐殺するために使用された「チクロンB」も開発されていました。
これを、政権を狙うヒトラーが「利用」しました。

優秀な遺伝子だけを残す。
劣等な遺伝子の絶滅に、利用したのです。

■1933年
ヒトラーは政権を取ると、すぐにある法案を議会で通します。
「断種法」という法律です。

医師たちによって「生きるに値しない者」「遺伝されると(当時は)思われていた病を持つもの」に、子孫を残さないための手術を、法律で義務化したのです。

■1936年
ベルリンオリンピック開催。
この時、ヒトラーは優秀なゲルマン民族こそが真に価値ある者である、というプロパガンダ(特定の考えを押しつけるための宣伝。特に,政治的意図をもつ宣伝)に、オリンピックを利用しました。

その裏で、社会福祉・社会保障費を大幅に削減。
国民には、あらゆるマスメディアを使って、「生きる価値のない人々を養うために、国家や自治体がどれほどの負担をしているのか」を誇大に宣伝し続け、プロパガンダを刷り込んでゆきました。

■1938年
「有識者」を政府は招集し、どうやって、「生きる価値に値しない人々を抹殺するか」の会議を行います。
そこで生まれたのが・・・・「T4作戦」と呼ばれる、虐殺計画でした。

■1939年
ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大切が勃発します。

ヒトラーは、この戦争の混乱に乗じ、「T4作戦」の実施に踏み出します。

別名、安楽死計画「恵みの死」。

国内の人里離れた病院、施設、6か所が指定され、そこにはガス室、焼却施設が完備されました。

全国から、作戦に関わった医師たちによる「選別」の結果、
・治癒の見込みがない患者
・障がいをもった人々
・再び労働者として働ける見込みのない人々が、
続々と集められ、到着するとすぐに、ガス室に送られ殺されました。

ガス室がつくられていた精神科病院の地下
1
ここで、1日120人以上の人々が、殺害され続けました。

パーキンソン病の治療のための入院中にガス室に送られ、殺されたマーティン・バーデルさん。
2
家族には、「脳卒中」で死亡と知らされました。
納得できなかった家族は、市役所に行きます。
市長からは、「騒ぎを起こすと、あなた方の身にも危険が及ぶ」と、恫喝されます。

このとき・・・・町の人々は、何かがおかしい・・・と、気付いていました。

当時8歳だった住民は語ります。
「毎日毎日、満員のバスが坂を上がっていったんだ。
なのに、帰りはからっぽ。
どう考えたって、あの施設は人であふれてしまう。
煙突からは、毎日黒い煙が立ち上り、町中が異様な空気を吸っていた
大人たちは、みんな知らんふりをしていたんだ」

■1941年
ドイツ北西部にあるミュンスター大聖堂。
ここの、クレメンス・アウグスト・フォン・ガーレン司教が、ひとつの重大な決意をします。
すでに信者の多くが殺されている事実を踏まえ、教会の説教で、次のように述べたのです。

「貧しい人、病人、非生産的な人、いて当たり前だ。

私たちは、他者から生産的であると認められただけ、生きる権利があるというのか。
非生産的な市民を殺してもいいという原則ができ、実行されるならば、我々が老いて弱った時、我々も殺されるだろう。

非生産的な市民を殺してよいとするならば、今、弱者として標的にされている精神病者だけでなく、非生産的な人、病人、傷病兵、仕事で体が不自由になった人すべて。

老いて弱った時の私たち全ても殺されるだろう。」


・・・・この原稿は、ただちにナチスによって没収されました。
しかし、当時(コピーの発達していなかった時代)・・・
この説教の全文は、人から人へ
教会から教会へ 書き写され 拡散してゆきました。
ついには、防空壕に避難している市民にまで、届けられたそうです。

■1941年8月
この説教のわずか20日後。
ナチスは、T4作戦の中止を命令します。

■1941年
しかし、ついにここから・・・・
ユダヤ人の大虐殺が開始されるのです。

ここには、T4作戦のノウハウを持った医師、医療従事者が収集され、本格的なガス室づくり。
凄惨な虐殺が1945年まで続くのです。

■1945年
ドイツが降伏し、アメリカ軍が入ってきたとき、驚くべき事実が発覚しました。

T4作戦は「続行されていた」という事実です。

医師たちは、政府による突然の作戦中止に不満を持っていました。
自分たちの論理を遂行するために、医師たちは、殺戮を続けていたのです。

殺害の対象は拡大し、傷病兵、難病患者、障がい者の人々に、モルヒネの過剰投与、計画的餓死・・・・
その数は、20万人以上と言われています。

これを「野生化した殺人」と呼ぶのだそうです。

・・・・・・・・・・・
■2010年
ドイツ精神医学精神療法神経学会は、戦後初めてこの「事実」を認め、正式に謝罪しました。
同時に第三者委員会に、全容の解明を求めました。

■2015年
第三者委員会による、最終報告書が完成しました。

報告書の中で、ひとつの結論が出されました。
「政治に強制されたものではなく、医師や学者たちが、自ら行った行為であった」と。

ドイツ精神医学精神療法神経学会は、今、世界中を巡回し、「移動展覧会」を催し、過去に何が行われていたのかを、真摯に受け止め、公表し続けています。

日本でも、今年(2015年6月)、日本精神神経学会総会にて、報告会が行われました。

◎会長は謝罪のことばを、こう述べています。
「私たち精神科医は、ナチスの時代に、人間を侮辱し、自分たちに信頼を寄せてくれていた患者や家族を裏切り、自らも殺しました。この学会の歴史の重要な部分が、こんなにも長く闇に葬られていたことは、とても恥ずべきことだと思います」

・・・・最後に、第三者委員会の1人、歴史学者のことばで、番組は終わっています。

「これは過去の歴史ではなく、現在にもつながっています。

社会の中に、病・障がい・苦悩・死が存在することを、受け入れる。 こういった意見が、現代には少なすぎます。

命に関する問題に直面したとき、他人の価値観に振り回されていないか。

それがもたらす、結果まで想像できているかと、今こそ、自分に問う必要があるでしょう」


■番組の委細はこちらをご覧ください
NHK、ドキュメンタリー公式サイト

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プロフィール

ogatamayumi

Author:ogatamayumi
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東京都出身。元、公立中学校教員。
現在は、フリーとして、音楽教育や吹奏楽に関わっています。
このブログを通じて、音楽や教育、吹奏楽やその他、心に感じた事柄をみなさまにお伝えできればと思います。
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