僧侶の世界から考える教師の世界

本日もありがとうございます。

コンプライアンス
企業倫理・法令順守

ハラスメント
人を困らせること・嫌がらせ

この言葉が頻繁に使われるようになって久しいです。

伝統仏教の僧侶の中でも、現実問題として深刻にとらえられているようです。




(2017年1月14日、朝日新聞デジタル)
底冷えする昨年末の朝、京都府宇治市の禅寺、曹洞宗興聖寺(こうしょうじ)で催された座禅会。

30人強が壁に向かって座り、警策(きょうさく)を持った禅僧がその周りをゆっくりと歩いていた。
だが、警策で肩をたたかず、姿勢を直すために体を触ることもない。

座禅体験は近年、寺巡りとともに人気が広がっているが、トラブルの要因になりかねないからだ。

★座禅の警策(薄い棒でパチンと背中をたたく行為)は、体罰・セクハラか

僧は「少し前の感覚なら考えられないが、時代の流れに合わせて僧侶も変わる必要がある」と話す。

福岡市中央区の曹洞宗安国寺(あんこくじ)では数年前、40代の女性から「座禅中に背中を触られ、不快だった」と苦情を受けた。

以来、初めての参加者には姿勢を直すために体を触ることがあると、事前に説明するようにした。

★僧侶の不祥事

2013年には岩手県の曹洞宗の寺で、僧侶2人が年下の修行僧に暴力をふるったとして有罪判決を受けた。

2016年6月には天台宗の総本山・比叡山延暦寺(大津市)の僧侶が、修行僧ら3人に暴行していたことが発覚した。

善光寺(長野市)では、大勧進の貫主(かんす)がパワハラや差別的発言をしたとして、辞任要求される事態になった。

僧侶は禁錮刑以上が科せられると僧籍を剝奪(はくだつ)される場合もあるが、いったん僧籍を取ると更新する必要はない。

しかし、全国に7千寺を抱える浄土宗はここ数年、檀家から「教えを広める僧侶の力が落ちた」「葬儀での振る舞い方がよくない」「高額なお布施を要求された」と苦情が寄せられるという。

★僧侶の資格

明治7年には、大教院制度の関係もあって、各僧侶の住職としての資格を「試補」することになっていた。

「試補」とは、今の意味では、公務員などで試験に受かり、正式な任用されるまでの見習い期間を指すが、当時もほぼ同じ用例だったとされる。

実は、この辺は現代も生きていて、少なくとも曹洞宗では、正式な僧侶(教師という)になるにあたり、本来は試験を通らねばならない。

伝統教団のなかで最多の約1万5千寺を抱える曹洞宗は、現役僧侶に対する「現職研修」を毎年実施し、55歳までの僧侶には出席を義務付けている。

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また2016年4月には、総本山知恩院(京都市)の敷地内に研修強化のための専門施設を完成させ、昨秋から2泊3日の研修を新たに始めた。

この研修を、僧侶の階級「僧階」の昇級条件に加えている。

★「当たり前のこと」を学ぶ場を設けた宗派も。

「僧侶の世界で当たり前のことができない人が増え、宗派として教えるしかない」

「葬儀や法事で僧侶が一方的に話し、難しい言葉を使って独りよがりになることも多い。僧侶への不信は仏教界全体の課題だ」




知りませんでした。

厳しい環境の中にあっても、頑張っている僧侶の方もたくさんいらっしゃると思います。

読み進めるうちに・・・
どこかの世界と似ているなと。

教師の世界です。

みなさんはどうお感じですか。

宗教も教育も、結局は携わる人の、「愛」「信頼」「人間力」なのかなと・・・

軸をぶらすことなく、しかし、柔軟に・・・

そんなことを感じます。

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「水俣条約」世界の教訓に

水俣病(みなまたびょう)

1957年につけられた公害病の名前です。

熊本県水俣市で、日本窒素という会社から廃棄され続けていた、有機水銀が原因でおきた中毒性中枢神経疾患のことを言います。

その被害は、妊娠中の女性から生まれた子どもたちにまで及び、1940年代から深刻な被害が起きていました。

(以下、出典NHK)
2017年8月16日
水俣病の原因となった水銀による健康被害を防ぐため、一定量以上の水銀を使った製品の取り引きなどを国際的に規制する「水俣条約」が正式に発効されました。


「水俣条約」

2013年、熊本県で、世界141か国が参加して行われた開かれた国連の会議です。
これまでに、中国など74か国が締結しています。

この条約により、
■新しい鉱山からの水銀の産出が禁止

■2020年までに、一定量以上の水銀を使った電池や、蛍光灯などの製品の製造や輸出入が原則禁止されます。

■日本の立場
水俣病の深刻な被害を経験した国として、条約が定める2020年よりも前倒しして来年から順次禁止されるなど、対策が強化されます。

来月(2017年9月)24日からは、スイスのジュネーブで締約国による初めての会合が開かれる予定です。

会議では、水俣病の患者が参加し、水銀が引き起こす病気のおそろしさなどについて発表もすることになっています。




公害は、途上国や周辺国のことばかり報道されます。

しかし、かつては日本も「公害大国」だったことを、大人たちは忘れている。

水俣病という言葉も別れ去られようとしています。

60年がたってのこの条約。
あまりにも長い道のりであると思います。

水俣病は、公式公認から61年が過ぎた現在、約2千人が患者認定を申請中とのこと。

今も苦しんでいらっしゃる方々のことを・・・
心に刻みたいと思います。

ジュネーブでの会議に参加する、被害者の1人は

「水俣病は終わっていないということを世界に訴えたいと思います」
・・と、語りました(2017年8月17日中国新聞)

■水俣条約についての委細はこちらをご覧ください
環境省ホームページ

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「社説」読みくらべ

72年目の今日。

朝日新聞社説より、抜粋です。




今年も8月15日を迎えた。

「不戦の誓いとか戦争体験の継承とか言われても、時代が違うのだから」。
若い世代からそんな戸惑いが聞こえてくる。

その土台を支える社会のありように、共通するものを見ることができる。
そこに歴史の教訓がある。

■戦時下のにぎわい

日中戦争が始まった翌月の1937年8月。
作家の永井荷風は日記に書いた。

「この頃東京住民の生活を見るに、彼らは相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如(ごと)く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれを喜べるが如き状況なり」

軍需産業の隆盛で日本はこの年、23%という経済成長率を記録。
世は好景気にわいた。

戦地はあくまでも海の向こう。
都会に住む人の間には、「どこに戦争があるのか」という、ひとごとのような気分があったと当時の記録にある。

「どこに」、の答えが見つかった時にはもう遅い。

時代は日常と非日常とを混在させながら流れていった。

■いまを見る歴史の目

社会が息苦しさを増す過程で最初にあらわれ、後戻りすることがなかったのは、多様性の否定だった。

学問や言論の自由が急速に失われていく。

享受している生活が、そうした価値と引き換えであることに気がつかなかった人、気づいたけれども声に出さなかった人。

その後の日本にどんな運命が待ち受けていたかを、後の世代は知っている。

歴史の高みから「分岐点」を探し、論じるのはたやすい。

ではいまの社会は、数十年後の日本人からどんな評価を受けるのだろうか。

作家の半藤一利さんは、近代以降の日本は40年ごとに興亡の波を迎えてきたと説く。

幕末から日露戦争まで。
そこから先の大戦に敗れるまで。
次は焼け跡からバブル経済まで。

興隆と衰退が交互にあり、いまは再び衰退期にあると見る。

■「似た空気」危ぶむ声

半藤さんも、ほかの学者や研究者と同様、「歴史はくり返す」と安易に口にすることはしない。

歴史という大河をつくるひとつひとつの小さな事実や偶然、その背後にある時代背景の複雑さを知るからだ。

それでも近年、そうした歴史に通じた人々から「戦前と似た空気」を指摘する声が相次ぐ。

安保法制や「共謀罪」法が象徴のように言われるが、それだけでない。

もっと奥底にあるもの、いきすぎた自国第一主義、他国や他民族を蔑視する言動、「個」よりも「公の秩序」を優先すべきだという考え、権力が設定した国益や価値観に異を唱えることを許さない風潮など、危うさが社会を覆う。

一方で、かつての日本と明らかに違う点があるのも確かだ。

表現、思想、学問などの自由を保障した憲法をもち、育ててきたこと。
軍を保有しないこと。

そして何より、政治の行方を決める力を、主権者である国民が持っていることだ。

72年前に破局を迎えた日本と地続きの社会に生きている己を自覚し、再び破局をもたらさぬよう足元を点検し、おかしな動きがあれば声を上げ、ただす。

それが、いまを生きる市民に、そしてメディアに課せられた未来への責務だと考える。

1945年8月15日。
空はモノクロだったわけではない。

夏の青空が列島に広がっていた。




■社説全文はこちらからご覧ください。
朝日新聞社説・2017年8月15日

ネット上の匿名記事ではなく、新聞各社の「社説」。

「社説」を読み比べてみると、毎日新聞社説が言う、「メディア」の立ち位置がよく分かります。(それはネット上からですが)
新聞社説一覧・2017年8月15日付け

読み比べてみたいと思います。

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72年目の祈り

東京都ここ数日、梅雨時より梅雨らしいお天気が続いています。

本日もありがとうございます。

今日は、72回目の終戦記念日です。

1945年に終戦となった太平洋戦争。

※1937年7月からの 日中戦争。
1941年 12月から対アメリカ,イギリスに宣戦布告をして始めた太平洋戦争。
(出典・ブリタニカ国際百科事典)

この戦争により、約310万人(軍人軍属など約230万人、民間人約80万人)の方々が犠牲となりました。(厚生労働省)

全国各地で、慰霊祭や祈りがささげられます。

東京では、政府主催の全国戦没者追悼式が、東京都千代田区の日本武道館で開かれます。

正午には1分間の黙とうをささげます。

戦没者約310万人のうち、海外で亡くなった方は約240万人。

2017年7月末時点で、収容された遺骨は約127万柱にとどまり、約113万柱がいまだ異国の地や海に眠っています。(時事通信)

この戦争により亡くなった方の数は、全世界で5000万人をこえると推計されています。
軍人よりも民間人のほうが多かったといわれます。

戦争は終わってはいないし

始めてもいけない

絶対に

■広島・長崎の記事にいただいた、公開コメントから・・・

国中すべてが生と死が隣あわせだった時代があったこと、いつ家族と離れ離れになるかわからない時代があったことを語り継いでいかなければならないと感じています。

出会った子たちが幸せの尊さを感じ、世界中のたくさんの命に目をむけることのできる大人になってほしい、と願ってやみません。


心を込めてお祈りしたいと思います。
合掌

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広島県呉市でむかえた8月15日

本日もありがとうございます。

広島県呉(くれ)市

明治以降、造船、製鉄の街、軍港として栄え、現在も世界最大級のタンカーなどを建造する街です。
昨年の夏、訪れました。

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戦艦大和を建造した軍港としても有名です。

ここには、「大和」を主軸とした施設や、海上自衛隊の施設が観光名所として並びます。

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呉の駅からは真っ直ぐに遊歩道が伸びています。
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■てつのしぐら館

「大和ミュージアム」の左手には、「てつのくじら館」があります。
海上自衛隊の呉資料館です

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大きな潜水艦の中と建物の中には、海上自衛官の生活や、最新鋭の機材が展示してあります。

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潜水艦の内部へも入ることが出来ます
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■大和ミュージアム

「てつのしぐら館」からすぐのところに、「大和ミュージアム」があります。
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館内でまず目にする戦艦「大和」
10分の1で再現されているそうです。

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隣には零式艦上戦闘機通称「零戦」
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特殊潜航艇「海龍」
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資料展示室内
戦中戦後の呉の街の様子が写真展示されています

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戦艦大和の乗員の写真と手紙の展示コーナー
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私も、手紙やはがきを1通1通読みました。

えんぴつや、ペン、毛筆もあります。
10代、20代とは思えないほどの達筆で丁寧な文字でした。
検閲される環境での、最大限の優しさと愛に満ちたものでした。

乗員のみなさんの写真を見ました。

若い・・・あまりに若い。
大げさでなく、卒業生たちの姿にダブりました。
現代の街のどこにでもいる、若者たちの姿です。

涙が止まらなくなった。

そんなとき・・・

ウーと、サイレンが鳴りました。

12時だったのです。
8月15日の正午です。

館内の人々は、立ち止まり、黙とうをささげました。


目を閉じている近くで、パシャッパシャッというシャッター音がたくさん聞こえました。
黙とうしている私たちを撮っているのだろうか・・・
複雑な気持ちでした。

■艦・船めぐり

海上自衛隊が運営している30分コースに乗船しました。
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最初は大型タンカーがずらりと見えていました
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少し進むと・・・

たくさんの潜水艦、戦艦、航空母艦、巡視船・・・
その数と大きさに圧倒されます。
ここは陸からは一切見えません。

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録音された案内に、家族ずれの多い船内からは「おー」とか「カッコイー」「スゲー」と、歓声が上がります。

その中に、私もいました。
私もそう思ったのです。

でもだんだん恐ろしくなってきた。
理屈でない、率直な感覚でした。

ついさっき、大和ミュージアムで見聞きした、光景が浮かんだからです。

だだじっと、その光景を眺めていました。

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下船して・・・

「見せ方」ということを考えました。
どちら目線で、どんな方法で、何をみせるのか・・・

そこから、自分は何を見て、感じるのか。
それは自分自身の問題なのだと・・・

2016年8月15日。
呉で過ごせたこと
忘れません。

明日は72年目の8月15日です。

★大和ミュジアムへの交通アクセス・館内案内・催し物等委細はこちらからご覧ください
大和ミュジアム公式ページ

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プロフィール

ogatamayumi

Author:ogatamayumi
緒形まゆみブログへようこそ!

東京都出身。元、公立中学校教員。
現在は、フリーとして、音楽教育や吹奏楽に関わっています。
このブログを通じて、音楽や教育、吹奏楽やその他、心に感じた事柄をみなさまにお伝えできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

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